屋台

 路面に固定した露店が禁止されると移動する店舗、屋台に変わっていったと思われます。 屋台は説明するまでもなく移動式の店舗ですが、単店での商売もあれば、屋台が何台も連なる場合もあります。 福岡のラーメン屋台は大抵は何軒か並んでいます。東京の場合は、ほとんど単店で、大体、出る場所が決まっています。 昔は規制が緩やかでしたから、気軽にいろいろな所に店を開けたでしょうが、今は厳しく規制されていますから、決まった場所しか出られないし、 そこが流行らなければいなくなります。
若目田幸平「東京のちょっと昔」 大友克洋「気分はもう戦争」

たなか亜希夫「ボーダー」

 屋台というものから連想されるイメージは人によって様々だと思いますが、東京という場所柄もあり、やはりおでんがあって、安酒を飲む感じが濃くあります。 屋台のラーメンは最近でこそ、そこそこ見られますが、東京では多くありません。 振り売りに近い感じのものでは焼き芋屋がありました。 屋台は、新橋汐留辺りの路上に沢山、止めてあるのを見たことがありましたから、銀座辺りに流していたのが、結構あったのでしょう。 ただ、東京はそれ以外の場所では交通量が多いですから、なかなか難しかったように思います。 それでもサラリーマンを首になった時に、ここはいっちょう屋台でも引く所から始めたらどうか、などと言われたもので、少ない資本で始められる商売の一つでした。

河合単「ラーメン発見伝」                                   「東京まちかど伝説

かわぐちかいじ「はっぽうやぶれ」
 こちらは外国人の方が福岡の屋台についてレポートした中にあったものです。




イシワタフミアキ撮影「昭和幻影」
ことりっぷ福岡 門司港レトロ・柳川

赤ちょうちん:かぐや姫

               桑原甲子雄「東京1934-1993」

 バブルが弾けた頃に、小さい資本で店が開け、お客にとっては安く呑める、食べられるということで「屋台村」が流行し始めます。屋台という名前でも移動しないのですから、ちょっと違うものではあったのですが、それこそ全国にやたらとできました。今(2011年)でも根強いファンに支えられて健在ですが、ただ流行していた当時に比べれば元気がなくなりました。

釧路港屋台村 山形屋台村 ほっとなる横丁
八戸屋台村
 居酒屋という店の閉じられた雰囲気から、次第に開放的を求める傾向が強まって来ているのかもしれません、冷暖房も効きにくくなると思うのですが、見ず知らずの人々と一献傾ける感覚が強くなっているのかもしれません。

                                飛田新地                 新橋ガード下
 この間の日曜日に久しぶりに有楽町に行きまして、ガード下の呑み屋街を見ていました。昔は日曜日というと、ガード下は閉まっていたものですが、今は通常というか、日も明るいうちから賑わっていました。
 なかなか不思議な光景です。まるで戦後の闇市の頃のように、粗末な机、椅子。路上から見える酒盛りの光景で、冷暖房も充分には利かないでしょうが、それでも賑わいやら、楽しげな雰囲気が伝わってきます。こういうものが、あちこちに広がっている。中央線では高円寺、阿佐ヶ谷、西荻、吉祥寺。他にも沢山、あるだろうと思いますが、かつてのメッカであった新橋、神田あたりは、規模は小さくなっている感じです。

左は吉祥寺、下は西荻です。
東京人「中央線の魔力」